EpisodeXI-1

鬨の歌声


 じりじりと蒸す灼熱の太陽が、そばかすだらけの頬をますます強く照らし始めた。
 その日差しの暑さに耐えかねて、テトは観念したように両目を開く。
 寝癖を押さえながら上半身を起こすと、自分の上にかけられた布団が、いつになく立派なものであることがわかった。
 いつもは雑魚寝をしているか、あるいはカイトの見つけた輸入毛布の中に、いっしょに潜りこんでいることがほとんどである。
 したがって、こんなに身体が痛くない目覚めは、ひどく久々のことであった。

「あ。おはようテト」

 途端、いきなりカイトが目の前の壁を横切ったので、テトは驚きのあまり、布団の中の足をばたつかせてしまった。

「え、うわっ!? びっくりした! なになになに? ……でもまぁ、とりあえずよくわかんないけど、おはようカイト! 実に良い朝だな!」
「切り替え早いね。なんか、そのあたりすごく尊敬する」

 真顔でサイドテーブルにコップを置いたカイトは、デッキに繋がる窓をがらりと押しあけると、「みんなおはよう。テトが起きたよ」と必要最低限の情報を放った。
 すると、甲板に集まっていた乗組員たちが、「おおっ!」と嬉しそうなどよめきを上げる。
 間もなくして、ばたばたと騒がしい足音の波が、こちらに押し寄せてくる気配を感じた。
 この様子から察するに、どうやら自分は、それなりに重症のけが人として、扱われていたらしいことがわかる。

「僕、あれから結構の間寝てたんだ?」
「うん。数えてないからよく覚えてないけど」

 小首を傾げて答えたカイトは、テトが目覚めてようやく安心をしたのか、いつもよりもおだやかな笑顔を見せている。
 面倒くさがりな物言いは相変わらずだったものの、そのわりにテトのしいている枕や布団は、きちんと端をそろえて整えられていた。
 彼は彼なりのやり方で、丁寧に看病してくれたのだろうかと思うと、テトの胸中はほんわりとあたたかくなる。

「……そっか」
「おーいっ、テトー!」

 すると、扉の建てつけをがたがたと鳴らすやいなや、顔なじみのクルーたちが、どっと部屋の中へなだれこんできた。
 一歩後ろへ退いたカイトの居場所は、男たちによってあっけなく占領されてしまう。

「ぃよう、テト! ずいぶんと長い昼寝だったなぁ!」
「みんな心配してたんだぞー? 飯は食わねぇし、機嫌は悪くなるし。……特にカイトが
「ああ、特にカイトだな」
「うんうん、特にカイトだ」
「……やめてくれませんかね、そういう時にかぎって俺の名前を連呼するの」

 照れ隠しのためか不服さのためか、とにもかくにも、カイトはアイスを取り上げられた少年のごとく、大人げない顔つきでふてくされている。
 それを三人がかりでなだめているうちに、一人の男が颯爽とテトの寝床まで近づいて来た。

「な、それよりも見てみろよテト。俺たちの島がえらいことになってるぜ」

 そうしておもしろ半分といった調子で、新聞の切り抜きを差しだしてくる。
 男の態度があまりに気軽であったので、何気なく新聞記事を受け取ったテトは、次の瞬間、瞳を見開いて素っ頓狂な声を上げた。

「な……なんで!? なんでルコがこんなとこにッ!?」

 おそらくこの新聞は、市民たちによって個人的に発行されたものなのだろう。
 タイプライターではなく、荒い走り書きによって書かれた文面は、“救世主”と称された若者たちのことを、半ば熱狂的に絶賛していた。
 そればかりではない。なんと、備えつけられた写真には、紫髪の男に仕え、辺りを警戒するルコの姿が写しだされていたのだ。

「お……おおっと? どうしたんだテト、そんなにでっけぇ声なんかだして」

 まさかそこまで大きな反応が返ってくるとは、予想だにしていなかったのだろう。
 記事を持ちこんで来た男は、エビのように後ろへのけぞってしまっている。
 そんな彼の胸ぐらをひっつかみ、明らかにけが人とは思えない勢いでテトが食らいついた。

「救世主って何? ル……この人たちは、一体どうしてそんな風に呼ばれてんのさ!」
「こ、こいつらは最近現れた革命軍だよ。ヴォイツァの代わりに政治を行おうと、武器を取って立ち上がった若者たちのことさ。この頃の経済の傾きの影響で、ヴォイツァの無能さがついに浮き彫りになったってわけだ」
「――ちがうッ!」

 男の胸ぐらを突き放し、テトはガバリと跳ね起きた。
 とたんに肩口がかすかな痛みを訴えたのか、上半身がぐらりとバランスを崩す。

「――テト!」

 瞬間、すぐさま駆けつけたカイトが、慌てて彼女の身体を支えにかかった。
 そして、肩を押さえて呼吸を整えるテトに、気遣わしげな視線を投げかける。

「テト……今、動いたら」
「うっさい! カイトはあと10秒間黙ってろ!」
「……すいません」

 なぜか敬語で謝罪したカイトを支えに、テトはぐるりと一同をねめつけた。

「僕は見たんだっ! ヴォイツァの倒産は、アデルダ家の罠だったんだ……あいつらの策略だったんだよ! 間違いなんかじゃない、しっかりと赤い文字で『倒産プログラム』って書いてあった。不平等な金融取引法を成立させて、僕たちの島をハメようとしてるんだよ!」
「テト、ちょっと落ち着いて……」
「だからカイト! 10秒黙ってろっちゅーたろうにっ!」
「……かたじけない」
「え、何? 別に誉めてないんだけど!」

 今日のカイトはやたらとボケが激しいな、やっぱり僕が目覚めたのがなんだかんだ言ってうれしかったのか、などと自意識過剰なことを考えながら、テトは唖然とする船員たちに向かって、もう一度改めて説得を開始した。

「とにかく、まだアデルダ家が完全に滅亡したわけじゃないんだ、契約は続行される……! このプログラムの真相を知らせない限り、あの城下町は一生、自分たちの置かれてる状況に気がつかないままだよ! そうしたら、どんなにヴォイツァの時代が終わったとしても、僕たちの自由は失われたままだ! 何も変わらない……何も解決しない!」
「――!」

 そこまで言った瞬間、テトを支えていたカイトが、背後でわずかに息をのむ。

――今ごろになって事態の深刻さに気がついたか、こんちくしょうめ。

 やや大げさな溜め息を吐き、テトが悪態をつこうとしたそのときだった。

「おいおいどうしたんだ、いったい」

 先ほどの騒ぎを聞きつけて、船長をはじめとする仲間たちが、徐々に部屋の周辺へと集まり始める。
 テトはすかさず背後を振り返り、ぼさっと突っ立っているカイトを顎でしゃくった。

「カイト。僕をおんぶして十五歩前進してくれ」
「えー……やだよ。だって俺、テトの乗り物じゃないし」
「後でアイス買ってやるから」
「わかった」

 大好物の名前を出されてあっさりと折れたカイトは、手慣れた動作でひょいっとテトを持ち上げると、船長の前ですとんと降ろしてくれる。

――おまえさ、大人としてのプライドとかそういうものはないのか……?

 言いたいことは山のようにあったものの、テトはひとまずそれらを飲みこんで、目の前の船長と対峙することにした。
 カイトの手のひらに片手を預けたまま、テトはしっかりと船長の瞳を見据える。

「……船を出してよ、船長。僕は行かなくちゃ。ユフとルコにこのことを知らせれば、きっと二人はわかってくれる。ヴォイツァ家と革命軍、両者がちゃんと手を結んだら、アデルダ家の陰謀に立ち向かうことが出来るかもしれない!」
「でも……おれたちにはこの後も稼ぎ先の計画があるんだよなぁ……」

 しかし、未だ状況の重大さがわかっていないのか、船長は副船長に消極的な目配せを送った。
 困ったように眼鏡の端を押さえた副船長は、逃げ場を探すように船員たちを見渡し始める。
 すると、彼らは面倒くささと同情の入り混じった、複雑な眼差しをテトに向けると、誰ともなく首を振ってうつむいてしまった。

「……っ!」

 言いたいことがうまく伝わらないもどかしさに、テトはじわりと涙をためる。

――大丈夫、大丈夫だよ。

――皆はあんなにヒドいことをしてるけど、根っこはすごくいいやつばかりなんだ。

――言葉を尽くして言えば、きっとわかってくれる。一生懸命言えば、きっとわかってくれるはずだから。だから……。

「頼むからっ……!」



 

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