じりじりと蒸す灼熱の太陽が、そばかすだらけの頬をますます強く照らし始めた。
その日差しの暑さに耐えかねて、テトは観念したように両目を開く。
寝癖を押さえながら上半身を起こすと、自分の上にかけられた布団が、いつになく立派なものであることがわかった。
いつもは雑魚寝をしているか、あるいはカイトの見つけた輸入毛布の中に、いっしょに潜りこんでいることがほとんどである。
したがって、こんなに身体が痛くない目覚めは、ひどく久々のことであった。
「あ。おはようテト」
途端、いきなりカイトが目の前の壁を横切ったので、テトは驚きのあまり、布団の中の足をばたつかせてしまった。
「え、うわっ!? びっくりした! なになになに? ……でもまぁ、とりあえずよくわかんないけど、おはようカイト! 実に良い朝だな!」
「切り替え早いね。なんか、そのあたりすごく尊敬する」
真顔でサイドテーブルにコップを置いたカイトは、デッキに繋がる窓をがらりと押しあけると、「みんなおはよう。テトが起きたよ」と必要最低限の情報を放った。
すると、甲板に集まっていた乗組員たちが、「おおっ!」と嬉しそうなどよめきを上げる。
間もなくして、ばたばたと騒がしい足音の波が、こちらに押し寄せてくる気配を感じた。
この様子から察するに、どうやら自分は、それなりに重症のけが人として、扱われていたらしいことがわかる。
「僕、あれから結構の間寝てたんだ?」
「うん。数えてないからよく覚えてないけど」
小首を傾げて答えたカイトは、テトが目覚めてようやく安心をしたのか、いつもよりもおだやかな笑顔を見せている。
面倒くさがりな物言いは相変わらずだったものの、そのわりにテトのしいている枕や布団は、きちんと端をそろえて整えられていた。
彼は彼なりのやり方で、丁寧に看病してくれたのだろうかと思うと、テトの胸中はほんわりとあたたかくなる。
「……そっか」
「おーいっ、テトー!」
すると、扉の建てつけをがたがたと鳴らすやいなや、顔なじみのクルーたちが、どっと部屋の中へなだれこんできた。
一歩後ろへ退いたカイトの居場所は、男たちによってあっけなく占領されてしまう。
「ぃよう、テト! ずいぶんと長い昼寝だったなぁ!」
「みんな心配してたんだぞー? 飯は食わねぇし、機嫌は悪くなるし。……特にカイトが」
「ああ、特にカイトだな」
「うんうん、特にカイトだ」
「……やめてくれませんかね、そういう時にかぎって俺の名前を連呼するの」
照れ隠しのためか不服さのためか、とにもかくにも、カイトはアイスを取り上げられた少年のごとく、大人げない顔つきでふてくされている。
それを三人がかりでなだめているうちに、一人の男が颯爽とテトの寝床まで近づいて来た。
「な、それよりも見てみろよテト。俺たちの島がえらいことになってるぜ」
そうしておもしろ半分といった調子で、新聞の切り抜きを差しだしてくる。
男の態度があまりに気軽であったので、何気なく新聞記事を受け取ったテトは、次の瞬間、瞳を見開いて素っ頓狂な声を上げた。
「な……なんで!? なんでルコがこんなとこにッ!?」
おそらくこの新聞は、市民たちによって個人的に発行されたものなのだろう。
タイプライターではなく、荒い走り書きによって書かれた文面は、“救世主”と称された若者たちのことを、半ば熱狂的に絶賛していた。
そればかりではない。なんと、備えつけられた写真には、紫髪の男に仕え、辺りを警戒するルコの姿が写しだされていたのだ。
「お……おおっと? どうしたんだテト、そんなにでっけぇ声なんかだして」
まさかそこまで大きな反応が返ってくるとは、予想だにしていなかったのだろう。
記事を持ちこんで来た男は、エビのように後ろへのけぞってしまっている。
そんな彼の胸ぐらをひっつかみ、明らかにけが人とは思えない勢いでテトが食らいついた。
「救世主って何? ル……この人たちは、一体どうしてそんな風に呼ばれてんのさ!」
「こ、こいつらは最近現れた革命軍だよ。ヴォイツァの代わりに政治を行おうと、武器を取って立ち上がった若者たちのことさ。この頃の経済の傾きの影響で、ヴォイツァの無能さがついに浮き彫りになったってわけだ」
「――ちがうッ!」
男の胸ぐらを突き放し、テトはガバリと跳ね起きた。
とたんに肩口がかすかな痛みを訴えたのか、上半身がぐらりとバランスを崩す。
「――テト!」
瞬間、すぐさま駆けつけたカイトが、慌てて彼女の身体を支えにかかった。
そして、肩を押さえて呼吸を整えるテトに、気遣わしげな視線を投げかける。
「テト……今、動いたら」
「うっさい! カイトはあと10秒間黙ってろ!」
「……すいません」
なぜか敬語で謝罪したカイトを支えに、テトはぐるりと一同をねめつけた。
「僕は見たんだっ! ヴォイツァの倒産は、アデルダ家の罠だったんだ……あいつらの策略だったんだよ! 間違いなんかじゃない、しっかりと赤い文字で『倒産プログラム』って書いてあった。不平等な金融取引法を成立させて、僕たちの島をハメようとしてるんだよ!」
「テト、ちょっと落ち着いて……」
「だからカイト! 10秒黙ってろっちゅーたろうにっ!」
「……かたじけない」
「え、何? 別に誉めてないんだけど!」
今日のカイトはやたらとボケが激しいな、やっぱり僕が目覚めたのがなんだかんだ言ってうれしかったのか、などと自意識過剰なことを考えながら、テトは唖然とする船員たちに向かって、もう一度改めて説得を開始した。
「とにかく、まだアデルダ家が完全に滅亡したわけじゃないんだ、契約は続行される……! このプログラムの真相を知らせない限り、あの城下町は一生、自分たちの置かれてる状況に気がつかないままだよ! そうしたら、どんなにヴォイツァの時代が終わったとしても、僕たちの自由は失われたままだ! 何も変わらない……何も解決しない!」
「――!」
そこまで言った瞬間、テトを支えていたカイトが、背後でわずかに息をのむ。
――今ごろになって事態の深刻さに気がついたか、こんちくしょうめ。
やや大げさな溜め息を吐き、テトが悪態をつこうとしたそのときだった。
「おいおいどうしたんだ、いったい」
先ほどの騒ぎを聞きつけて、船長をはじめとする仲間たちが、徐々に部屋の周辺へと集まり始める。
テトはすかさず背後を振り返り、ぼさっと突っ立っているカイトを顎でしゃくった。
「カイト。僕をおんぶして十五歩前進してくれ」
「えー……やだよ。だって俺、テトの乗り物じゃないし」
「後でアイス買ってやるから」
「わかった」
大好物の名前を出されてあっさりと折れたカイトは、手慣れた動作でひょいっとテトを持ち上げると、船長の前ですとんと降ろしてくれる。
――おまえさ、大人としてのプライドとかそういうものはないのか……?
言いたいことは山のようにあったものの、テトはひとまずそれらを飲みこんで、目の前の船長と対峙することにした。
カイトの手のひらに片手を預けたまま、テトはしっかりと船長の瞳を見据える。
「……船を出してよ、船長。僕は行かなくちゃ。ユフとルコにこのことを知らせれば、きっと二人はわかってくれる。ヴォイツァ家と革命軍、両者がちゃんと手を結んだら、アデルダ家の陰謀に立ち向かうことが出来るかもしれない!」
「でも……おれたちにはこの後も稼ぎ先の計画があるんだよなぁ……」
しかし、未だ状況の重大さがわかっていないのか、船長は副船長に消極的な目配せを送った。
困ったように眼鏡の端を押さえた副船長は、逃げ場を探すように船員たちを見渡し始める。
すると、彼らは面倒くささと同情の入り混じった、複雑な眼差しをテトに向けると、誰ともなく首を振ってうつむいてしまった。
「……っ!」
言いたいことがうまく伝わらないもどかしさに、テトはじわりと涙をためる。
――大丈夫、大丈夫だよ。
――皆はあんなにヒドいことをしてるけど、根っこはすごくいいやつばかりなんだ。
――言葉を尽くして言えば、きっとわかってくれる。一生懸命言えば、きっとわかってくれるはずだから。だから……。
「頼むからっ……!」