EpisodeXIII-1

眠る籠鳥


「うっひゃあ、ひどいや。……こりゃー、ほとんど全滅だねぇ」

 累々と積み重なる屍を飛び越えて、テトが場違いなほど飄々とした声を上げた。
 すると、彼女の隣を駆けていたカイトも、同じく淡泊な声を返す。

「うん。革命軍とか言いつつ、これじゃ結局俺たちとやってること大して変わんないよね。メイドの人たちまでこのざまだし」

 彼の視線の先では、額に風穴をあけた初老の召使いが、半開きの口から血を流しているのであった。
 未だ剣を握って間もないテトは、このような死体を見ると、否応なしに血の気がひいてしまうのであったが、カイトは本当にこういった事態には慣れているようだ。
 ……それとも、ミクを除くすべての人間には、全く興味が抱けないということなのだろうか。

――ああ、遅かったんだな、と。

 一番最初につぶやいたのは、果たして仲間たちの内の誰だったのであろう。
 扉に手をかけた瞬間の、あのいやに手応えがない空虚な感触が、今もなお手のひらの皺に刻みこまれている。
 城壁の先に構えていた踊り場は、見るも無惨なほどに破壊し尽くされていた。
 大広間の左手の壁には、水しぶきが散ったような斑点が残り、敷き詰められた絨毯には、焦げついた人型が残されている。

「やっぱり……これは能力者の仕業だったんだね」

 階段の手すりにこびりついた、銀氷の破片を見つめながら、カイトはうっすらと目元を細めた。
 その顔によぎったのは、懐かしさと恨めしさの入り交じった複雑な表情で、テトは少しだけ戸惑ってしまう。
 しかし、そんなことにかまっている暇などほとんどなかった。
 屋敷中を急いで駆け回りたいというのに、あちらこちらにごろごろと使用人の死体が転がっているので、歩きにくいことこの上ないのだ。

 居心地が悪そうに唇を尖らせていたテトは、そこでようやっと思いだしたようにつぶやいた。

「……そういや、結局ヴォイツァはどうなったんだろ」
「さぁ。俺は顔を見たことがないから、死んだのか死んでないのかすらもわからない。だけど、たとえ身代わりを置いて自分だけが逃亡していたとしても、使用人がここまで全滅だと、復興のしようがないはずだ。テトのお姉さんを撃ち次第、革命軍はすぐさま政治の指揮をとるつもりなんだろうね」

 ちなみに、カイトを除く他の海賊たちはと言うと、今は上層階の客間や寝室などを見て回っているらしい。
 屋敷のお宝を頂戴することが、本来の目的である海賊たちにとっては、屋敷の周辺の通路など、ほとんど興味の対象に入っていないのだ。
 しかし、ユフの居場所をなんとしても突き止めたい二人にとっては、屋敷の中を徹底的に調査することは、避けては通れない道なのであった。

「えー。それ本気? こんな荒れくれ者たちが、政治の主導権なんて本当に握れるわけ?」
「大丈夫なんじゃないの。別にどうだっていいや。たとえてっぺんの人間が入れ替わって、これからの人生が変わろうが、今までの俺の人生がやり直せるわけじゃないんだから」

 カイトが本当に無関心な顔でさらりと言うので、テトはあきれ果てて彼を見返した。

「おいおい、そんな世捨て人みたいなこと言わないの。もてないぞ、にいちゃん」
「別に今更もてたってしょうがないし」
「あほぅ。これからの人生、もてるにこしたことはないって。男としては、毎日美味いメシを食べたいもんじゃん?」
「別に俺は、毎日アイスを食べられればそれで……」
「おっまえ、いつまでもそんなこと言ってると虫歯になんぞ……って、どわっ!」

 そんなくだらないやりとりを繰り返していると、突然カイトがぴくりと眉を動かして足を止めた。
 狭い通路にさしかかったため、彼のすぐ後ろを走っていたテトは、案の定、カイトの背中に思い切り鼻骨をぶつけてしまう。

「いった! なんだよカイト! 止まるなら止まるってシャキシャキ言えって……」

 絶大な被害をこうむったテトは、鼻を押さえながら猛抗議を開始する。
 しかし、カイトは全く気にかけていない様子で、眉をしかめたままぽつりとこぼした。

「……血のにおいがする」
「へ? そんなんどっこもかしこもそう……」
「生きてる人間の」

 静かな声で断言をしたカイトは、ゆっくりとした足取りで白い小屋へと近づいてゆく。
 テトは面食らったように彼のことを見上げた。

「はあぁ? そんなん一体どうやって嗅ぎ分けるんよ? 犬かおまえはっ」

 テトがぶつぶつと小言を並べているうちに、カイトはさしてためらう様子もなく、カチャリと鋼鉄の扉を開け放つ。
 あっけなく開いた扉の向こうには、底なしの井戸のような暗闇が広がっていた。
 十五センチ四方ほどの小窓からは、布地を透かしてわずかな光が射しこんでいる。
 それは梢の囁きと共鳴して、湿っぽい床の上をちらちらと踊り回っていた。

 ひくひくと鼻先を動かしながら、テトは怪訝な顔を傾ける。

「……なんなんだ、この部屋」
「牢獄だ。たぶん、中に人がいる」

 きっぱりとした口調でそう言うなり、カイトは暗闇の中をまっすぐに歩き始めた。

「え、ちょ、なんでカイト前見えてんの? もしかして夜行性動物? ……っていっづ!」

 慌てて後を追おうとしたテトは、ごつ、と額に当たった冷たい物体を、ほとんど反射の勢いで握りしめていた。
 どうやらこれは鉄製の柵のようだ。
 なるほど、カイトはおそらくこの檻を見つけたから、この部屋は牢屋だと判断したのだろうな……と、そんなことを納得しかけた瞬間、つんと鼻をついた鮮烈なにおいに、テトはようやく目を見開いた。

「――え」
「ほらね」

 懐から取りだしたランプをかざし、カイトは顎の先で牢屋の中を指し示す。





 

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