Scene1

Wing notes-1


  蒸すような夏の暑さがすこしだけ遠ざかったから、日差しは角が取れてやわらかな丸みを帯びている。
 その光を受け止めるようにまつげを伏せれば、広い大通りのほうからかすかに届く、子供の遊び唄と鳩の羽音とが聞こえてきた。
 シャツの袖をはためかせる初秋のそよ風は、始まりと終わりの合図を告げようとして、たったひとり足踏みを繰り返しているらしい。
 その、言いようのないわびしさに心拍数をなぞらえながら、少年は足をとめ、おもむろに顔をあげた。

 その瞬間、背後から響いた突然の波音に、彼はせき立てられたように琥珀色の瞳を見開く。
 めまぐるしく回転した視界の隅に、赤く点滅する鮮やかな色彩が飛び込んできたためだ。
 深い深い、血のような紅さを秘めたルビーのペンダント。
 ウィンドウガラスの奥に閉じこめられたその光は、ちかちかと麗しい光の輪を描き続けていて、コウタは知らず知らずのうちに口を開いた。

「あの人に」

 似合いそうだな、と細く小さくつぶやきかけて、彼ははっと気がついたように唇をかみしめる。

「……あほらし」

 似合いそう、だなんてそんなこと。
 彼女は、そんなふうに親しげに付き合ったかのようなことを、考えられる相手ではない。
 近づくと溶かされてしまいそうで、見つめれば視力を奪われそうで、手をかざしても白光が漏れだしてしまいそうなほどに。
 声も笑顔もことのほかまぶしい、太陽のような人なのだから。

「……」

 彼はホットドッグの紙袋をくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に向けて放り投げる。
 ブリッジの影絵を描いたそれは、金網に当たって跳ね返ったのちに、風の中へさわられてゆくという末路を迎えた。







 

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