「だから、最後にきみに贈りたいの」
名残惜しそうに手のひらをはなし、彼女は一歩だけ後ろに下がる。
――だれかを信じ、あいする勇気(こころ)を。
音もなくつぶやかれた天使の言葉が、彼女の唇からこぼれてぽたぽた落ちる。
その、まっすぐに飛んできた光の洪水を受け止めた瞬間、いつしかコウタは、左の頬があたたかい何かで濡れていることに気がついた。
これじゃあまるで、あのときの逆じゃないかと心の中で苦笑する。
それでもひとつだけ、たしかに変わらないことがそこにはあった。
コッパー・ナゲットの瞳にすべての呼吸が奪われて、涙を拭ういとますらも忘れてしまう、そんな感覚。
「さようなら、コウタくん」
まばゆい夕陽の中に溶けてゆきながら、少女の笑顔が花のように咲いた。
「――だいすきだよ」
最後の言葉とともに、光の粒がはじけた。
舞い上がって踊り、風に泳がされてくるくるとまわる。
まるで蝶の残した鱗粉のようなそれを追いかけて、コウタはゆっくりと顔を上げた。
光の渦を巻いて消えた彼女のむこう側には、赤く大きな太陽のまぶしさが広がっている。
にじむ涙は止めどなくあふれだしたけれど、もうこれ以上、目をそらす理由は見つからないような気がした。
おそるおそる瞳を瞬けば、たまっていた透明な雫がつぅっとあふれだして、鮮やかな景色が透き通って晴れる。
その真新しい世界の中で、雄大な腕を広げて待っていたのは、ぎらぎらと目を刺す真昼の太陽ではなく、人々の帰りを待っているかのような、穏やかで優しい太陽だ。
「――っ!」
コウタは涙を拭って顔を上げると、一目散にその場から身を翻す。
――遠くから近くから、翼の音が降りてきたような気がした。
『Wing notes』
-END-