そう、あれはいったいいつのことだったか。
彼女の後ろ姿を見送った、あの雨の日。
あの日、コウタは最初で最後の彼女の涙を見た。
傘を持ってはいたけれど、あまりに強い風のためか、雨は容赦なくコウタの膝を打ちつけた。
次第にシャツの裾がぬれて、髪がぬれて、筋を作って額や頬にはりつく。水をすいこんだスニーカーは、ぐっしょりと重たくそして冷たい。
「コウタくん、あのね」
彼女が振り返る。
何かを言いたげに口を開くけれど、雨音にじゃまをされることをおそれるように、それは音の波に乗ることができない。
「あのね、あの……」
ざぁざぁと滝のような雨の音が続く。
涙目になった彼女の瞳だけが鮮明に残っているのに、なぜかその先の言葉だけが聞き取れない。
タイガー・アイの瞳に映るのは、くしゃくしゃに乱れた瑪瑙の髪と、そのすき間からのぞく濡れたヘイゼル。
長いまつげはいくつものまるい滴で飾られていた。
瞬きをするたびにそれがころりと落ちて、薔薇色に染まった頬を伝う。
次第に頭は重たくなり、思考が鈍る。
どこにも向かうことができないぐるぐるとした思いが、身体の内側を焼いてゆくような錯覚に陥って、コウタは走馬燈のような記憶から目をさました。