Scene8

Wing notes-8


 彼女は、若草色の髪をなびかせて、夕陽の影を落とす草原の上に立っていた。
 年はちょうどコウタと同じくらい。小柄な身体を包むスカートはことのほか長く、風に従ってひらひらとたなびくのである。

 全身にさざなみのような鳥肌がたった。
 その、やさしくやわらいだ少女の顔には、紛れもなく見覚えがあったのだ。



 素直でころころとよく変わる表情と、ビー玉のように丸い形の瞳は、すれ違う人々の目をいやおうなしにひきつけた。
 困っている友人を見ればすぐさまかけつけ、しっとりとやさしい声をかけてはほほえみを浮かべる。笑いたいときに笑い、泣きたいときに彼女は泣いていた。


 そう、あれはいったいいつのことだったか。
 彼女の後ろ姿を見送った、あの雨の日。
 あの日、コウタは最初で最後の彼女の涙を見た。
 傘を持ってはいたけれど、あまりに強い風のためか、雨は容赦なくコウタの膝を打ちつけた。
 次第にシャツの裾がぬれて、髪がぬれて、筋を作って額や頬にはりつく。水をすいこんだスニーカーは、ぐっしょりと重たくそして冷たい。

「コウタくん、あのね」

 彼女が振り返る。
 何かを言いたげに口を開くけれど、雨音にじゃまをされることをおそれるように、それは音の波に乗ることができない。

「あのね、あの……」

 ざぁざぁと滝のような雨の音が続く。
 涙目になった彼女の瞳だけが鮮明に残っているのに、なぜかその先の言葉だけが聞き取れない。
 タイガー・アイの瞳に映るのは、くしゃくしゃに乱れた瑪瑙の髪と、そのすき間からのぞく濡れたヘイゼル。
 長いまつげはいくつものまるい滴で飾られていた。
 瞬きをするたびにそれがころりと落ちて、薔薇色に染まった頬を伝う。
 次第に頭は重たくなり、思考が鈍る。
 どこにも向かうことができないぐるぐるとした思いが、身体の内側を焼いてゆくような錯覚に陥って、コウタは走馬燈のような記憶から目をさました。



 ――そう、あの日を境に、自分と彼女の間の糸は永遠に断ち切られてしまったのだ。






 

 

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