あちこちに飾られたボート型のオブジェの、カラフルな旗がひらひらとはためく。
海辺から入る日の光が、彼女の顔半分にだけ当たっている。
優しい大地の色を帯びた瞳が、ゆっくりとしたリズムで言葉を紡いだ。
「四つ葉のクローバー、いっしょにさがしてくれてありがとう。さっきまでのわたしの姿は、見習い天使としての仮の姿だったから、コウタくんがいっしょにクローバーを探してくれたおかげで、こうしてもとの姿に戻れたんだよ。本当にありがとう」
ぺこり、と頭を下げたことで、首もとのマフラーが右に左にとゆらゆら揺れる。
顔を持ち上げてほほえんだ彼女は、一呼吸を置いたあとさらに言葉を続けた。
「だいすきな子がいたんだ」
彼女は語り出す。……あのころとなにひとつ変わらない、澄み切った秋晴れのような声で。
「転校しちゃう前にね、出会ったの。春の小川の下流みたいに、薄い水色の髪をした男の子。いっつも眉間にしわをよせてるけど、捨てられた子猫の額をやさしい顔をしてなでてたこと、わたし、知ってたよ。ちゃんと知ってたんだ」
柔らかそうなうぐいす色の髪が一筋、耳のすきまからこぼれて、白くてまるい頬がちらちらとのぞく。
ほんのりとわずかに、若葉のにおいが薫る。
「でも、おうちの事情で急に学校をかえることになっちゃって。ふたりっきりになることなんてできなかったから、ゆっくりお別れの言葉を伝えることもできないまま、わたしは遠い場所に引っ越してしまった。そして、遠く離れたその場所で、今までずっともっていた病気を悪くしてしまって、きみたちと同じ世界にはいられなくなったの」
彼女の背中から生えている、白くてほわほわとした天使の羽が、稲穂のように優雅にそよいだ。
さきほどまでは透明に透き通っていたそれが、今では昼間の月のような純白を帯びている。
でもね、と彼女は前置きを添えた。
「わたしはあのとき、きみにきもちを伝えることができなかったけど、でもね、コウタくん。……いまのきみなら、きっとだいじょうぶ」
彼女の後ろで、赤く燃えあがる太陽の色がにじんだ。
その色に重ね合わせたあのひとが、笑った顔、悲しんだ顔、怒った顔、こどものようにはしゃいだ顔。
そのすべてを、おそろしく澄んだ映像として思い描くことができる自分自身に、コウタは改めておどろいてしまう。
おさえつけておさえつけて、心の内側にずっと封じこめて来た感情は、いつの間にかこんなにも大きく膨らんでしまっていたのだ。
「ねぇ、コウタくん。ひょっとするときみは、愛するっていうことがどういうことなのか、よくわからないのかもしれない。それとも、なんとなく心のどこかでわかってるけど、こわくて逃げだしてしまったのかもしれないね。自分には人よりもいいところが少ないから、こんな自分がいっしょにいたら、相手の人にがっかりされちゃうような気がして、それがこわくて愛するってことから遠ざかっているのかも。でもね」
背中の下でそっと両手を組み、彼女はにっこりとほほえんだ。
「たとえ人よりすこし不器用だったとしても、臆病だったとしても、うそつきだったとしても。どんなにちいさくても明るい光がたしかにあるんだよ。だから、足りないものや少ないものばかりを見るんじゃなくて、そのちっちゃな光の新芽のことを、大切に大切に育ててみて。その光に気がついてくれる人が、きっといつかコウタくんのことを見つけだしてくれるから」
そうつぶやいたぱむという名の少女が、組んでいた後ろ手からそっと取り出した何かを、コウタの手の上にそっとのせる。
……薄桃色の花の輪。
それは今朝、ショーウィンドゥのガラスごしに見つけた、“あのひと”に似合いそうなネックレスと、とてもとてもよく似通っていた。