Youran-cyomonju

揺蘭著聞集


 あるところに、子どもに恵まれず寂しい思いをしている、ふたりの夫婦がおりました。
 そこで、夫婦は狗蛇山という山に登り、どうか子どもを授けて下さい、と蛇神様にお願いすることに決めました。
 ふたりは山の中でいちばん高い木の枝に、赤いお札をくくりつけました。
 そうして、もしも子どもを授かることが出来たならば、二十年後のこの日に、必ず家宝である刀を供えると約束したのです。

 さて、それから一年の時がすぎたころ。
 夫婦が薪を集めに森へ向かうと、どうどうと流れる滝壺の近くに、ぴかぴかと輝く大きな卵がありました。
 不思議に思った夫婦が、これを家に持ち帰って割ってみたところ、中から小さな女の子の赤ちゃんが生まれました。
 夫婦はすぐさま、この子は蛇神様からの授かりものなのだ、ということがわかりました。
 そこで、ふたりは女の子にマコという名前を与え、大切に育てることに決めました。
 間もなくして、夫婦の間にはマコの弟にあたる、はくぽという男の子も生まれ、一家はしばしの間、幸せな時間をすごしました。

 しかし、マコが夫婦のもとへやってきた日から、ちょうど二十年がすぎたころ。
 誰もが目を見張るような、美しい姫君に成長したマコが、その日を境に、突然姿をくらませてしまいました。
 いったいどうしたのだろう、と不思議に思っていた夫婦は、あっと叫んで顔を見合わせました。
 そのときになってはじめて、ふたりは神様との約束を果たしていなかったことに気がついたのです。
 きっと、家宝の刀剣を供えなかったことを怒り、蛇神様がマコのことを連れ去ってしまったのでしょう。

 そんなふたりの話を聞いて、刀を抜いたひとりの少年がいました。
 それは、姉であるマコに可愛がられ、すくすくと成長した弟のはくぽです。
 彼は、近頃村の人々をおびやかしている龍神が、狗蛇山に棲んでいるのだという話を聞き、いてもたってもいられなくなったのでした。
 そこで、はくぽは両親に頼みこんで、家宝の刀を受け取ると、きびしくけわしい狗蛇山の道を、ただひたすらに歩き続けました。

 やがて、一週間の時を経て山頂へ辿り着いたはくぽは、赤い札の前で膝をつき、願掛け通り家宝の刀を捧げるので、どうかマコを家に戻してください、と懇願しました。
 しかし蛇神は、信仰心を忘れた両親のことを、決して許してはくれませんでした。
 怒り狂った狗蛇山の神は、はくぽに向かって巨大な龍を差し向けました。
 すかさず刀を抜いたはくぽはしかし、次の瞬間、信じがたい事実に凍りつきました。
 なんと、村の人々を襲っていた龍は、神の申し子として生まれたマコの、変わり果てた姿だったのです。
 神によってやさしい心を奪われたマコに、もはやはくぽの声は届きませんでした。
 はくぽはひらめく刀の切っ先を、龍の首元に向かって突き立てました。
 赤い彼岸花のような血潮がしぶき、龍は地面に倒れ伏しました。
 はくぽは動かなくなった龍にすがりつき、声を殺して泣き続けました。
 そんな彼の耳下には、やさしかったころの姉君の声が、確かに聴こえてきたのです。
「私のことは、忘れても良いのです。もしもあなたが、倖せであるならば」

 はくぽが龍を倒したことを知った蛇神様は、少年の剣の腕前が達者であることを喜び、褒美として塩や穀物、粟や金銀珊瑚などをたくさん与えました。
 それ以来、狗蛇山の上から雨を降らせる龍は消え、村の田畑を荒らしていた洪水はなくなり、村の人々には豊かで平和な暮らしが訪れたいうことです。
 めでたし、めでたし。







 

 


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