陽光に揺らめく時計台が、午後の始まりを告げたころ。
昼食をとろうと背を向けた、五人の門兵たちの背後にめがけて、突如鮮やかな銃撃がほとばしった。
乾いた銃声は鐘の音と重なり、ひからびた草の中へと吸いこまれてゆく。
雄たけびを上げて突っこんでゆく海賊たちの顔は、すでに狂気の色を帯びて沸騰していた。
一行は手薄な裏門を襲撃すると、まずは大広間から上下の階へと分散していった。
屋敷内の部屋の配置については、すでに予備調査団が図面に興している。
階段を上りながら戦うのは体力のムダ、という単純な理由から、テトはあえて地下へと続く通路を選んだ。
地下室は、いざという時に逃げ場が少ない、という難点があったものの、そもそも門兵の数が少ないためか、戦闘がいくぶん楽である。
そのため、テトは率先してこちらの道に突き進むことが多かった。
廊下に飛びだした三人の動きを止め、後ろから襲ってきた二人を適当にいなせば、後は仲間たちがしっかりと息の根を止めてくれた。
そのまま廊下の端までたどり着いてしまったテトは、すでに反対側の仲間たちが処理をしたであろう、血痕の散った扉を蹴り破る。
もしも生き残りがいた場合、後からどんな手を使って、自分たちの居場所が知られるともわからないからだ。何事も用心をするに越したことはない。
部屋の中には、むせかえるほど強烈な鉄臭さが充満していた。
五人ほどの物言わぬ死体のうち、一人は机の、また別の一人は壁のそばで、切り裂かれた内臓を押さえたまま絶命している。
三人目は右腕が変な方向に曲がっていて、痛みのあまり白目をむいたところで頭を撃ちぬかれたらしかった。
銃撃されたとき、よほど痛みが遠のいてほっとしたのか、まだ首が据わっていない赤ん坊のような体勢で、ぐったりと椅子の足にもたれ掛かっている。
さすがに気味が悪くなってきて、テトはぶるりと身ぶるいをした。……しかし、これもすべて見慣れた光景だと、必死の思いで自分に言い聞かせる。
四人目、五人目は床の上にうつ伏せの状態で倒れこんでおり、これもまた動く気配は見られなかった。
どうやら仲間たちは、一人残らずしっかりと仕留めてくれたようだ。
ようやくほっと一息をついたテトは、ふと、卓上についていた手の下に、分厚い紙の束が置かれていることに気がつく。
こびりついた赤い指紋を軽くこすると、その下には筆記体の文字が浮かび上がってきた。
「なんだこれ。……『金融取引法』?」
耳慣れない言葉に興味をひかれ、ずっしりと重たい冊子を手にとる。
固い表紙をバサリと開き、十数ページにもわたる前書きをざっくりと読み飛ばした。
そうして、最も重要と思われるページを探り当てると、波線の引かれた箇所を読み進める。
さすがに最大の貿易相手というべきか、ページを開いてから間もなくして、すぐさま「ヴォイツァ」の名前が飛びこんできた。
「『ヴォイツァ家は、連続して三十日以上支払い不能に陥った場合、次の十五日以内に出資者と合併について協議しなくてはならない』……? 一体何のためにこんな……」
そこまで行を追っていったとき、文書のタイトルに目を移したテトは、思わず愕然と息を殺した。
「ヴォイツァ家……『倒産プログラム』……?」
ざらりとした質感を持つ、ぬるい冷や汗が背筋を伝ってゆく。
まさか、と凍える声で独りごちながら、テトは震える手先でページをめくった。
しかし、赤く濡れた指でめくればめくるほど、不吉な予感は確信へと変わってゆくばかりである。
「上記の金融取引法により、債権者であるアデルダ家は、必然的にヴォイツァの出資金を管理する権利を得る。これによりおよそ三ヶ月後には、島内の諸企業における、失業者の増加、実質賃金の低下、更には社会福祉計画の中断といった効果が期待できる。市民の間の社会的な不安は、いずれ島内の民族紛争を引き起こすであろう。ヴォイツァ家は一年後には完全倒産し、解雇された島民たちはアデルダ家の支配下に置かれる――」
テトはすさまじい勢いでページをめくり、末尾に書かれた会議の日付を確認した。
……立案者のサインの隣に書かれた数字は、およそ三か月前の月日を示している。
確かに、思い返せばちょうどその辺りから、ヴォイツァの島に寄るたびに、人々の顔から笑顔が消え、店の棚からは品物が減って行っていたような気がする。
「なんだよ……こんな取引法が成立したんだとしたら、あの島はこの後本当に……。――ッ! ……え?」
――その瞬間、ヒュッ、と耳元を鋭い光が通り過ぎた。