EpisodeⅩ-1

星の海


 かつて、ふくろうの声が鳴り響いていた森の中には、今日も若者たちの雄叫びが轟いていた。
 青々と茂る夜闇の中、ごうっと燃え盛る炎の音とともに、二つの人影がゆらりと一閃する。
 青年のまとう長いコートが、鮮やかに裾を翻したかと思えば、今度は少女の手中から放たれた炎が、見事な素早さを持ってその背を狙う。
 突然の攻撃に、身体をひねってたたらを踏んだ青年は、くるりと背後を振り返ると、すぐさま自分の刃を裏返した。
 それを余裕の笑みとともにかわした少女は、ふっと一息を吐くなり高らかに叫ぶ。

「っけ! だらしねーぞルーク! そんなんであいつらに勝てるとでも思ってんのか、あ?」
「おいおいルコ、おまえはいくらなんでもやりすぎだろ。そんなんじゃいつかへばっちまうぞ?」
「よけいなお世話だ! 私はこれでも体力あんだよ、おまえよりも身長高いからな、ルーク?」

 ふふん、と鼻先で挑発をしてやれば、ルークのこめかみがピキリとひきつる。

「……あ? 今なんつった、この女男が。今おれ、すっげー聞き捨てならない台詞聞いちゃったような気がしたんだよね~。あれ、気のせい? 今の気のせいか?」
「そーそー気のせい気のせい。おまえのシークレットブーツが日に日に高くなってるなーとか、そんなことぜんぜん思ってないから。大丈夫。気のせい気のせい」
「なんっだとゴルアァアア!」

 途端、星空に咆哮したルークの周囲から、みるみるうちに炎の塊が爆発した。
 そんな二人を遠巻きに見ていた人々は、あきれ混じりの溜め息を落とす。

「あーあ、なんというか……すっかり意気投合しちまったみたいだな、あの二人」
「しっかしカンベンしてほしいよな。こっちまで火の粉が飛んできて熱いったらないぜ」

 そんな人々の会話を小耳に挟みながらも、ルコは内心楽しくて仕方がない。
 こうして仲間と訓練をしている時はもちろんのこと、黙々と薪割りをしているだけでも、高まる鼓動が止められないのだ。
 まっぷたつになった薪の数を数えていると、こんな風にしてヴォイツァの家臣を倒せたら、いったいどんなに良いであろうかと考える。
 以前までは、まるで鬼のような形相で自分のことを追いかけていた者たち。彼らが、今度は恐怖にひきつった顔で逃げだしてゆくさまを想像すると、自然と頬がゆるんでしまうのだ。

「ルコ殿」

 すると、訓練を終えて一息をついていたところで、ふいに名前を呼び止められる。
 その声の主を認めるや否や、ルコはぱっと破顔した。

「カムイ!」
「訓練の一部始終を見せてもらったぞ。……どうやら日に日に技術が上達しているようであるな」
「そ、そうかな……へへへっ」

 突然受け取った賞賛の言葉に、ルコは照れくさくなってうつむいてしまう。
 ひたすらにもじもじと頭をかいていると、カムイが布に包まれた細長いものを差しだしてきた。

「今日は貴殿にこれを託しに参ったのだ」
「私に?」
「左様。たとい能力があるとはいえど、特に狭い通路での戦いの際には、武器を使う必要に迫られることもある。ルークに十分に作法を習い、これを使われよ」

 笑顔のままに腕を取られ、そのまま両手を広げるよう促される。
 まもなくして、天を仰いだ二対の手の上に、ずっしりと重たい包みが手渡された。
 怪訝に思いながらも、それらを丁寧な手つきで受け取ったルコは、包みを開くやいなや、わぁっと子供のような歓声を上げる。

 それは、凛とした光を放つ蒼い刀剣であった。
 柄の部分には細かな彫り物が施され、鞘を引き抜くと鏡のように澄んだ刀身が姿を現す。
 それは頭上を覆う森のトンネルを映しだし、わずかに角度を変えてみれば、月光の反射をどこまでも投げかけるかのようだった。

 すっかり夢中になって、ルコがくるくると刀剣を回していると、カムイが大人びた顔つきで微笑した。

「……気に入ったようで何よりである」
「うん……うん、すごく嬉しい! これ、私の大好きな青色なんだ!」

 両肘を曲げて剣を抱き寄せ、頬を上気させたルコがそんなことを告げる。

 ……と、そのとき。
 唐突に頭の中をよぎった少女の笑顔に、ルコの顔が瞬時にして曇った。

「……そうだ、テトのやつ……」

 そっとその名を口にしたルコは、久々に帰った家の棚に、規則正しく並んでいた、青色のコルクの列を思い起こす。
 彼女は今頃どうしているのだろうか。
 このところはほとんど家に帰ることができず、たとえテトが帰宅をしていたとしても、入れ違いになってしまう日ばかりが続いていた。
 そもそも、自分がこちらの森にやってきてから、果たしてどのくらいの時がたつのか、そのことすらもなかなか思いだせない。
 せめてこの森に来る以前に、置き手紙などを残しておくべきだったか。

 そんなことをもやもやと考えていると、四人ほどの仲間たちが、外の見張りから順番に戻ってきた。
 彼らはねぎらいの言葉に軽く礼を述べると、口々に調査の成果を語り始める。

「なぁ、聞いてくれよ! ヴォイツァの下の息子たちは、自分の趣味に好き放題な金を使ってるらしいぜ!」
「どんなに税金の使い道が議論されても、それは裏であいつらの好き勝手に使われてるって」
「高級品を売る金持ちばっかりが豊かになって、このままじゃあおれたちは、いつまでたっても上から搾取されるいっぽうだ!」
「中心街の裏では、貧困に耐えかねて空き巣をする年寄りもひどいらしいぞ」
「一刻でも早く、なんとかしないと」

 そんなことを話し合い、真剣に頷きあう面々を見渡していると、ルコの気持ちはきりりと引きしまってゆく。

――そうだよ。いつまでもウジウジと、テトのことだけを心配してる場合じゃない。

――あいつは私よりも先に、やるべきことを見つけてしまったようなすごいやつなんだ。私だってこのままうかうかとはしていられない。

――だって、こんなにたくさんのみんなが、城主に対して不満を持ってるんだ。

――この組織に入ったときは、戦う理由はユフのためだけだと思ってたけど、今は違う。

「……私は、もう私の幸せのためだけに戦うんじゃない。私だけじゃなくて、ヴォイツァに苦しめられているすべての人の、新たな幸せのために戦いたい……!」

 剣の柄をきつく握りしめ、ルコはカムイに向かって正直な気持ちを告白する。
 そんな彼女の姿を見て、カムイは一瞬だけ驚いたように顔を上げたものの、すぐさまアメジストの瞳を細めて「そうか」と頷いた。




 

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