Scene5-1

アイキャン・フライ-1


 電車では行けないショッピング・モールの、天然入浴剤売場の隣の天然石売場の真下にある天然ワッフル売場で、先生に出会った。
 このどこか間の抜けた一文は、歌うように口ずさめば森のくまさん≠ノも似ている。

 顔が童顔でおまけに甘党である先生は、口を閉じて写真に写っていると、まるでくるみを抱えたリスのようにも見えるし、うさぎ跳びが似合う居残り生徒のようにも見える。
 先生はいつものように、カスタードと生クリームとアイスクリームとカラメルソースのかかったワッフルを、ナイフとフォークでちまちまと切りながら夢中でほおばっていた。

「先生こんにちは」

 テーブルに並ぶ前に声をかけると、先生は今まさに口の中に入るところだったワッフルの切れ端を、寸止めで静止させながら頭を上げた。
 ぱち、と不思議そうに瞬いた目が次の瞬間大きく見開かれ、そのまた次の瞬間にはうれしそうににこりと細められる。
 大きさの変化によって別人のように見えるから、目というものは不思議である。

「こんにちは、侑記君」

 彼は空いていた方のイスを目線だけで示した後、いそいそとフォークに刺さっていたワッフルをかきこんだ。
 今までの経験上、座ってということを意味しているのだろうが、なかなかどうしてわかりにくかったので、侑記は結局ぼんやりと突っ立ったまま固まっていた。

「侑記君も食べますか?」

 そして、善良な教育実習生であったならば絶対に言わないであろう、と思われる文句を、彼はなんとも無邪気な顔で口にする。
 たぶん、そこで最初に聞くべきことは、「こんなところで会うなんて偶然だね」とか、「今は塾の帰り? 夜遅くなのに偉いなぁ」とか、「お母さんといっしょじゃないの?」とか、そういうことなのだろうと思う。
 しかし、そこであえて自分の好きなワッフルという菓子を、今さっき出会ったばかりの知り合いに勧めようとするその姿勢が、いろいろな回路がねじ曲がっている侑記はたいそう好きだった。
 ようやく椅子に座って食べますと宣言すると、先生はにっこり笑って席を立つ。

「じゃあ、急いでもう一個買ってくるので、侑記君はこれを食べながら待ってて下さい」

 新しい方ではなく、食べかけの方を他人に差しだすのか、と一瞬戸惑ったが、先生の口から言われた言葉であると思うと、その非常識さがまたなんとも言えぬ心地よさを誘った。
 侑記は先生の立ち去ったあとにただよう、ふわふわとした名状しがたい空気といっしょに、カラメルシロップのしみこんだ甘ったるいワッフルをほおばる。
 こんなに甘そうなものを果たして食べられるだろうか、とだいぶ覚悟を決めたにも関わらず、いざ口にしてみれば、たまに姉が趣味で作っている、レーズンの混入した蛇足アップルパイよりかは、いくらかひかえめな味であった。
 助かった、と声に出さずにつぶやいた。

「お待たせしました」

 ほどなくして、先ほどよりもさらにご機嫌な声を弾ませた先生が、侑記のテーブルまで戻ってきた。
 今度はミルフィーユ生地の上に、イチゴと生クリームとバニラアイスとストロベリーアイスとラズベリーソースがまとめて乗っかっている、今時女の子でもオーダーしにくいようなピンク色の物体であった。
 たぶん、これを食べたくて自分を誘ったのだろうな、という意図が、隠す様子もなく丸見えだった。
 それでも先生が言ったことなのだから、仕方がないのかもしれない。

 思わずまじまじと見つめていると、フォークを動かす手が止まっていたらしい。
 視線に気がついた先生は、首を傾げて侑記君もこれ食べますか、と誘ってきた。侑記は考える暇もなく首を振っていた。

「甘そう」
「そんなことないですよ。イチゴがあるから意外と酸っぱくて食べやすいんです」

 満面の笑みで言われて、しかもフォークに刺したまま差しだされたら、受けとらざるを得ないではないか、と抗議の文句でも投げつけたくなる。
 侑記は仕方がなく無造作にフォークを受けとり、口に運んだ。
 焼いたばかりの卵の食感が、またたくまに舌の上を行き来する。
 ぱりっと固められたアイシングの層が、ワッフルの表面をびっしりと覆っていて、そこだけは本当に歯が溶けてしまいそうなほど甘かった。
 しかし、その後は先生が自信たっぷりに宣言した通り、舌先にひやりとしたイチゴの温度が触れたとたん、先ほどまでの甘さは不思議なほどきれいに霧散して、後にはさらりとした液状のアイスクリームだけが残るのみである。

「どうですか?」

 心なしか、先生の色白の顔が得意げににやついている。
 悔しくなって無言のままにらみをきかせてやると、少しだけ反省したのか、彼は髪の毛と同色の睫毛をかなしそうに伏せた。

「……じゃあ、この後は僕が先生にジュースをおごる」

 それにほんの少しだけ力を得て、侑記が大人ぶった顔つきとともにきっぱりと言い切ると、少しだけ考えた後、先生は「だめです」と言って首を振った。
 その、少しだけ考えるあたりが律儀で彼らしいなどと侑記は思ったので、彼もまた先生のまねをして律儀に「なんでですか」と尋ねてみる。

「僕はもうすぐ先生になるんだから、おごってもらうわけにはいかないんです」
「でも、先生はまだ先生じゃないし」
「でも侑記君は先生って呼んでますし」
「先生見習いって呼ぶのは面倒くさいし」

 結局、先生の方が折れて大人しくおごられる羽目になった。




 

 

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